(突然危険迫る。無線機械発見せられた――)
という悲壮な秘密無線電信を最後として、わが練習艦隊と川上機関大尉との連絡は、ぷつりと切れてしまった。
月光ひとり明るい南シナ海の夜であった。軍艦須磨明石の二艦は、この驚きをのせたまま、あいかわらず北へ北へと航進を続けていた。
飛行島に忍びこんでいた川上機関大尉はどうなったか――憂いの色につつまれた二番艦明石の艦長室では、艦長加賀大佐と副長と、それから川上機関大尉の仲よしである長谷部大尉との三人が、黙りこくって、じっと時計の針のうごきを見つめている。
「副長――」
と、突然加賀大佐が叫んだ。
「はあ。お呼びになりましたか」
「うむ。――どうじゃ、旗艦からの報告がたいへん遅いではないか」
「だいぶん遅うございますな。ちょっと無電室へ様子を見に行ってまいりましょう」
そういって副長は、籐椅子から腰をあげると、艦長室を出ていった。
あとには艦長と長谷部大尉の二人きり、しかし二人とも一語も発しようとはしなかった。
これより先、川上機関大尉の発した例の悲壮なる尻切無電が入ると、加賀大佐は直ちに旗艦須磨の艦隊司令官大羽中将のもとへ知らせたのであった。
艦隊司令官からは、「すこし考えることがあるから、暫く待っておれ」と返電があった。それからもう二十分あまりの時間がすぎたのに旗艦からは何にもいってこない。
× × ×
だが艦隊司令官は、いたずらに考えこんでいるのではなかった。
旗艦の上では幕僚会議が開かれた。そして遂に艦隊司令官の決意となった。
旗艦須磨の無電室は、その次の瞬間から俄かに活溌になった。
当直の通信兵は、送受信機の前に前屈みとなって、しきりに電鍵をたたきつづけていた。そして耳にかけた受話器の中から聞えてくる返電を、紙の上にすばやく書きとっては、次々に伝令に手渡していた。
その受信紙の片隅には、どの一枚にも「連合艦隊発」の五文字が赤鉛筆で走り書されてあった。それでみると、須磨は、多分太平洋のどこかにいる連合艦隊の旗艦武蔵と、通信を交わしているものらしかった。
一たいなにごとにつき、連合艦隊と打合わす必要があったのであろうか。
そのうちに、この無電連絡は終った。
旗艦須磨の通信兵は、電鍵から手を放した。しかし彼の耳に懸っている受信器には、しきりに連合艦隊の旗艦武蔵がホ型十三号潜水艦を呼んでいる呼出符号が聞えていた。
モールス符号はトン、ツー、トン、トン、ツー......と絶間なく虫のような鳴声をたてていた。相手のホ型十三号はどうしているのか、なかなか出てこない。
そのうちに、違った音色の無電が、微かな応答信号をうちはじめた。
「ホ潜十三、ホ潜十三、......」
戦艦武蔵が呼んでいた相手がいよいよ現れたのだった。
そこで連合艦隊の無電が、さらにスピードを加えてまた鳴りだした。こんどは長文の暗号電信であった。ホ型十三号潜水艦は、いまどこの海面に浮きあがっているのであろうか。双方のアンテナから発する無電は、刻々と熱度を加えていった。まるで美しい音楽のようだ。やがてその交信ははたとと絶えた。
代って、再び練習艦隊旗艦須磨が呼びだされた。
通信兵は、再び部署について、送信機の電鍵に手をかけた。
「練習艦隊旗艦須磨はここにあり!」
すると、すぐさま本文が被(かぶ)さってきた。
「連合艦隊は、貴艦の要請によりて、只今ホ型十三号潜水艦に出動を命じたり」
すわ潜水艦の出動!
ホ型潜水艦といえば、わが帝国海軍が持つ最優秀の潜水艦だった。連合艦隊は、潜水艦に、そもいかなることを命じたのであろうか。それよりも、練習艦隊司令官大羽中将は何事を連合艦隊宛に頼んだのであろうか。
× × ×
こちらは元の軍艦明石の艦長室である。
一旦出ていった副長が、電文をかきつけた紙片を手にして、急ぎ帰ってきた。長谷部大尉は、また椅子から立ちあがって、副長に注目した。
「副長、どうした」
と、艦長加賀大佐は平常に似あわず、せきこんで声をかけた。
「はい、艦長。連合艦隊はわれわれのために潜水艦を出動させました。これがその電文です」
「そうか――どれ」
加賀大佐は副長の手から紙片をうけとると、その上に忙しく眼を走らせ、うーむとうなった。
「まず、こういうところだろうなあ」
加賀大佐は通信長を呼出し、ホ型十三号潜水艦との連絡を手落なくとるように命じた。
ホ型十三号潜水艦は、一たいこれからいかなる行動にうつろうとするのであろうか。
